多くのシアノバクテリアは光合成に適した環境へ移動することによって、変動する光環境に適応する。主に、固体表面上を滑って移動する「滑走運動」または「twitching運動」(日本語名はない?:固体の表面を散発的にランダムな方向に移動するギザギザ?した運動)によって移動するが、ある種のシアノバクテリアは液体中を「泳ぐ」ことが知られている。また、光の方向を感じて光源へ向かう正の走光性、又は遠ざかる負の走光性を示す。
このように、シアノバクテリアが光に応答した運動性を示すことは100年以上昔から知られていたが、走光性に関わる光受容体や運動機構、シグナル伝達経路などの分子機構はほとんど明らかにされていない。
1996年に単細胞性のシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803の全ゲノム情報がシアノバクテリアとして初めて決定された。ゲノム情報を得たことによって、シアノバクテリアが示す様々な現象のメカニズムを遺伝子レベルで検証し、説明することが容易になった。そこで、われわれはSynechocystisの運動機構、運動性を調節する光への応答機構の解明を目指した。なお、Synechocystisが示す細胞運動はtwitchingで、正の走光性と負の走光性を示す。
1) 運動機構
1-0. シアノバクテリアの細胞運動の分子生物学の始まり
最初の非運動性の表現型は、PP2C型プロテインホスファターゼ遺伝子(slr2031)の破壊株で初めて得られ、分子生物学の解析がスタートした。(図1 Synechocystis sp. PCC 6803初の非運動性変異株 上:運動性野生株(PCC)、中:非運動性野生株、下:Δslr2031/PCC、寒天培地上のコロニーの形態)
メ白色光メ
図 2 Synechocystis sp.
PCC 6803の走光性
一方向から光を照射すると、光源へ向かう正の走光性(左)または遠ざかる負の走光性(右)を示す。スケールバー、5
mm。運動性の野生株(PCC-P)から正の走光性を示す株(PCC-P)と負の走光性を示す株(PCC-N)を選抜した。
Yoshihara
et al. (2000) Plant Cell Physiology, 41: 1299-1304.
1-1. 運動性に必須な遺伝子
Synechocystisのゲノムには、線毛の形成に必要な遺伝子に相同性を示す遺伝子が複数存在している(表1)。
これらの遺伝子の運動性への関与を調べるために、遺伝子破壊株を作成した。その結果、赤字の遺伝子破壊株は運動能を失うことが分かった。
1-2. 線毛
A. 野生株の細胞表層
運動性を示す野生株の細胞表層には、太い線毛(赤矢印)と細い線毛(青矢印)が見られる。
スケールバー, 500 nm
B. 非運動性破壊株の細胞表層
運動性を失った遺伝子破壊株は太い線毛を完全に失っており、細い線毛だけを保持している。ほとんどの細い線毛は束を形成しているため太く見える。
これらの解析から、Synechocystisの運動には太い線毛がかかわることが明らかとなった。
また、Synechocystisは、自発的に細胞外のDNAを取り込んで、形質転換する。運動性と太い線毛の形成に必須な上記の遺伝子の破壊株は、形質転換能も失っていた(表1)。これらの結果から、太い線毛はSynechocystisの運動性と形質転換の両機能に必要であることが分かった。
文献:Yoshihara et al. (2001) Plant Cell Physiology, 42: 63-73.
2) 線毛形成の調節にかかわる遺伝子クラスター
図 4. slr1041クラスター(pilGHIJクラスター)とslr0073
(pilL-N)、slr0322 (pilL-C)
クラスターを形成しているslr1041-1044の破壊株について、運動性、太い線毛の形成、形質転換能に影響が見られた(図
3, 表 2)。これらの遺伝子は、2成分制御系のシグナル伝達因子であるResponse regulator (PatA, CheY)、
受容体MCP、Histidine kinase (CheA)などに相同性を示すので、運動と形質転換に関わる太い線毛の形成調節に関与すると考えられた。さらに、cheA様遺伝子は、slr0073
(N末端側)とslr0322 (C末端側)に分断し、ゲノム上でslr1041クラスターから離れて存在していた(図
3)。しかし、両遺伝子とも破壊株は表現型に影響が現れることから、別々に発現したタンパク質が1つのタンパク質として機能的にはたらいていると考えられる。
これらの遺伝子を線毛(pili)の形成調節に関わるpilG、pilH、pilI、pilJ、pilL-N、pilL-Cと命名した。
文献:Yoshihara et al. (2002) Plant Cell Physiology, 43: 513-521.
3) 正の走光性の調節にかかわる遺伝子クラスター
図 5. sll0038 (pixG)クラスター破壊株の走光性
sll0038、sll0039、sll0041、sll0042、sll0043破壊株は正の走光性の能力を失った。
また、これらの遺伝子はCheAやCheYなどのシグナル伝達因子に相同性を示すことから、正の走光性の調節系を構成すると考えられる。正の走光性(positive
phototaxis)から、pixG, pixH, pixI, pixJ1,
pixJ2, pixLと命名した。
しかし、破壊株は負の走光性の能力を保持していることから、負の走光性には異なるシグナル伝達因子が関わると考えられた。
図 6. PixJ1のドメイン構造
MCPに相同性を示すPixJ1は2つのGAFドメインをもつ。
GAFドメインは、植物の光受容体として知られるフィトクロムの色素結合領域にも保存されていることから、PixJ1が光受容体であると考えられる。
文献:
Yoshihara
et al. (2000) Plant Cell Physiology, 41: 1299-1304.
Yoshihara
et al. (2004) Photochemical Photobiological Sciences, 3: 512-518.
4) 細胞凝集の解析
細胞凝集は単細胞生物にとっては、重要な環境応答現象であり、とくに光合成生物においては、強光下での光阻害を避けるなどの意義を持つ可能性が考えられる。われわれは、好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanusの培養温度と細胞凝集の関係を解析し、光阻害との関係を明らかにした。(平野篤)
細胞凝集と線毛との関連を現在解析中である。(新谷哲真)