[研究テーマ]
光合成は植物が生きていく根幹の機能である。光合成のしくみや環境応答、進化について遺伝子のレベルで明らかにすることを目指し、以下の研究を進めている。
(1)光化学系複合体の構造や 機能の解析
光化学系2複合体は、光化学反応の場であるだけでなく、未解明の水分解反応を行うこと、光阻害による反応中心のD1タンパク質の代謝回転など、さまざまな側面をもっている。複合体の結晶化を目指すとともに、複合体を構成するサブユニットタンパク質の機能解析を進めている。(Iwai et al 2006など)
(2)光合成システムの環境応答機構の解析
光合成の明反応は、2つの光化学系(系2と系1)が直列につながり、それぞれは異なる光捕集色素系をもっている。そのため、光を含めてさまざまな環境変化に応答して、これらの光化学系と光捕集色素系の発現調節などを通して、円滑に光反応を進めるしくみが発達している。われわれはシアノバクテリアを用いて、光環境に応答して光化学系やフィコビリソームの発現調節のしくみを、
光シグナル受容→シグナル伝達→遺伝子発現制御→調節タンパク質の機能解析→普遍性→進化的側面
と、さまざまな観点から、解析している。(Kondo et al 2005など)
シアノバクテリアのゲノム生物学
1996年に形質転換型シアノバ クテリアSynechocystisの全ゲノムの塩基配列が決定され、光合成生物のゲノム生物学研究が始まった。これにより、多様な遺伝子をもつ光合成原核生物の機能を多面的に理解することが可能になった。われわれは、この研究の一環として、環境応答や走光性、光合成の調節に関わる遺伝子群を多数同定し、その機能解析を進めている。最近の新展開としては、
(1)新規光受容体の解析
シアノバクテリアのゲノムから見いだされた新規光受容体として、フィトクロム型受容体(シアノバクテリオクロムと命名)、フラビン型光受容体(BLUF型、フォトトロピン型)などを多数発見し、その機能解析をしている。(Yoshihara et al 2004, Okajima et al. 2005, Kita et al. 2005, Fukushima et al. 2005など)
現在までに、Synechocystisを含めた8種のシアノバクテリアの全ゲノムの塩基配列が決定され、6種類のシアノバクテリアのドラフト配列が公開されている。詳しくは、資料1のシアノバクテリアのゲノムプロジェクト一覧表を参照されたい。われわれは、このようなシアノバクテリアのゲノム生物学(Genomics)を発展させ、光合成生物の包括的な生命現象の解明を目指している。具体的な研究材料として、全ゲノムが解析された異なる特徴を持つ三種のシアノバクテリアを採用している。それぞれの生物の特徴を生かした解析により、縦断的に研究を進めている。以下に、三種のシアノバクテリアの特徴と主な解析内容についてまとめる。
種名 | 特徴 | 主な解析内容 |
Synechocystis sp. PCC 6803 | 単細胞性球菌 自然形質転換容易 DNAマイクロアレイが利用可能 走光性を持つ ゲノムサイズ小 |
表現型の解析 トランスクリプトーム |
Thermosynechococcus elongatus BP-1 | 単細胞性桿菌 自然形質転換可能 好熱性(生育至適温度:57℃) ゲノムサイズ小 |
表現型の解析 タンパク質の機能構造解析 |
Anabaena sp. PCC 7120 | 糸状性球菌 ヘテロシストを分化させて窒素固定 コンジュゲーションにより形質転換可 ゲノムサイズ大 複雑な情報伝達系 近縁種のドラフト配列が利用可能 |
情報伝達タンパク質の解析 近縁種との比較ゲノム解析 |
資料1: シアノバクテリアのゲノムプロジェクト一覧表
資料2: ポストゲノムプロジェクトとは?
[具体的な研究テーマ]
光合成の中核装置:光化学系2複合体の構造・機能の解明をめざし、コンポーネ ントの破壊や部位特異変位導入と複合体の構造解析・結晶化とを組み合わせて研究を進めている。これまでに、多数のコンポーネントの同定と系2複合体の二量体化にかかわる因子を同定している。
環境応答機構解析 光、酸素、過酸化ストレスなどに応答した遺伝子発現をDNAマイクロアレイにより網羅的に解析する。
転写制御機構解析 シアノバクテリア・ポストゲノムプロジェクトとして、DNAマイクロアレイとゲルシフトアッセイを組み合わせて、転写因子による様々な遺伝子発現制御機構の解明をめざしている。
走光性の分子機構を、光受容体、シグナル伝達経路、線毛装置、シグナル調節や転写調節因子、線毛関連遺伝子などの機能解析、構造解析によって明らかにする研究を進めている。また、シアノバクテリアの細胞凝集などに関わる遺伝子を探索している。
バイオインフォマティクスで得られる手がかりを元にして、シアノバクテリアの環境応答などに関わるタンパク質の生化学的解析と構造機能解析を進めている。
光合成生物は、遺伝子の進化を分子・細胞・集団の各レベルで評価しやすい格好のモデル生物である。本研究室では、光合成の調節機能の喪失による環境適応型小進化をすでに実証している。また、挿入配列や繰り返し配列の動態に伴う遺伝子の進化を多数見いだしている。これらの解析を通して、生物の進化プロセスの解明と光合成機能の進化的意義を明らかにすることを目指している。
また、シアノバクテリアは、遺伝子操作による実験進化学のアプローチにも最適である。たとえば、クロロフィルbをもたないシアノバクテリアに、高等植物のクロロフィルb合成酵素の遺伝子を導入することによって、色素タンパク質の可塑性と、新たな機能色素を取り込んでいくプロセスの一端を解明している。(北大・田中さんらとの共同研究)
光合成の主要産物は、通常、αグルカンやβグルカンなどの多糖類である。これらの産物の合成酵素(たとえば、セルロース合成酵素)の研究を通して、光合成機能の増強や効率的な利用方法の開発を目指している。また、これを可能にするために、シアノバクテリアの遺伝子操作法の改良・開発を進めている。
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